音楽でもペインティングでも小説でも映画でも、好きなアーティストが作風を変えて好みじゃなくなるのは、僕の中で初恋の子がギャルっていく感覚と一緒なんだけど、ギャルっても他のギャルよりやっぱいかす!とか思い、結果的には好みじゃなくなるなんて事はないわけで。本来作風を変えるのは冒険であり、前進なんだから、それは凄いことなんだ。
自分がギャル男になれば成立するかといえば無意味な自意識がそんな考えにはさせてくれず、どこかかっこつけてるくせに、それでもやっぱり自分がおいてけぼり食らったような、手の届かない所に行ってしまった様な寂しさがある。いや、本当に寂しいのは彼女本人なのだ。きっと彼女も周りがギャルったから、ハブられないよーに自分もギャルったにちがいない。ああ、生き抜く為の飽くなき貪欲さよ。彼女なら孤高のギャルになるだろう。強靱なネビュラチェーンみたいな精神力がほしいなあ。今日も徹夜だ、がんばろう。